・・・皆さん、あの人のこと忘れてませんか?
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2014/07/21 UP
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リノリウムの床に規則正しい足音が響く。
足音は一つの部屋の前で止まり、それからドアをノックする音が代わりに響く。
部屋の中から「どうぞ」という声が響き、次いでドアが軋む。
「‥‥久しぶりだな」
そう、声をかけたのはモビウスだった。
そして、声をかけられたのは―――
「‥‥ああ、お前か、インフィニティ」
車いすに腰掛けたナイトメアが、モビウスを見ることもなく呟いた。
「俺をこんな状態にしたお前が、何の用があってここに来た」
頚椎を損傷したナイトメアは、もはや動くことのできない体になっていた。
人工呼吸器の世話にならなかった、それがせめてもの救いなのかもしれない。
「お前は、何故自分がそんな目に遭ったか、分かっているか?」
モビウスの問いかけ。
ナイトメアがまあな、と応えた。
「‥‥復讐、だろう?」
「‥‥そうだ」
分かっていたか、とモビウスが呟く。
それから、懐から何かを取出し、ナイトメアに向ける。
「‥‥俺を、殺すのか?」
モビウスが取り出したのは拳銃だった。
その銃口がまっすぐ、ナイトメアの眉間に向けられている。
「あの時、死んだと思ったんだが。悪運だけは強いんだな、ナイトメア」
「謝罪の言葉は聞かないのか?」
意外なナイトメアの言葉。
ほんの少し考え、それからモビウスは答えを出した。
「‥‥ああ、聞いたところで、俺の傷が癒えることはない」
「‥‥そうか‥‥それなら、謝らない」
そのまま、暫く沈黙が続く。
先に口を開いたのはナイトメアだった。
「メビウス1は?エーヴィヒカイトはどうなった?」
「‥‥二人とも戦死した。その後、俺がメビウス1となったがもう退役した身だ」
「‥‥そうか、」
ふう、とナイトメアが息をつく。
「‥‥殺せよ。殺したいんだろう?」
再び、沈黙が訪れる。
時計が時間を刻む音だけが響き渡る。
長い沈黙。
ゆっくりと、モビウスは引き金を引いた。
カチン、という音がやけに大きく響き渡る。
「‥‥え?」
ナイトメアの両目が見開かれる。
「‥‥どう、いうことだ‥‥?」
「空砲、いや、マガジンに弾は入っていない」
そう言って、モビウスは銃からマガジンを抜いて見せた。
中には1発の弾も入っていない。
「最初っからお前を殺す気なんてないさ。勿論、赦す気もない」
「それなら、何故」
モビウスの意図が読めず、困惑する。
大きく息を付き、モビウスは銃を懐に収めた。
「お前に嬲られている間、俺はずっと殺してくれと願い続けてきた。だが、空で死ぬことは許されなかった。ただ、死を願うしかできなかった」
ナイトメアとの行為中、ずっとシーツを噛み締めて願い続けてきた。
殺してくれと。楽にさせてくれと。
その悪夢は、大陸戦争が終結し、「自由エルジア」が蜂起し、それを退けるまで続いた。
いや、その悪夢はナイトメアだけが原因となったわけではない。
ナイトメアに植え付けられたトラウマと、エーヴィヒカイトを拒絶した罪悪感、そして心を開いた相手を二人も目の前で喪った絶望。
それらが入り混じり、モビウスは苦しみ続けていた。
尤も、NATは行方不明となり、その後戦死扱いになったが最終的には帰還し今は同居していたが。
そんなことを思っていたら、ナイトメアが意外なことを口にした。
「‥‥インフィニティ、お前、今、幸せか?」
「‥‥?」
何が言いたい。
あんなトラウマを植え付けて、エーヴィヒカイトの戦死も知って、何故そんなことを聞くのか。
だが、モビウスはすぐに頷いた。
「‥‥ああ、幸せだ」
「‥‥見つけたんだな」
護るべきものを。愛すべき存在を。
出会って間もないころ見せていた誰に対しても興味がないという拒絶、必要最低限の交流しか行わず、さらに敵に対しては何の感情も見せず撃墜した、そこからモビウスは他人とのコミュニケーションがうまくできない人間ではないかと推測していた。
そのコミュニケーションをさらに難しくしたのがナイトメアだったが。
その、モビウスが今は幸せだという。
大切な存在を見つけ、共に歩こうとしている。
それがエーヴィヒカイトでなかったのが少し残念だったが、彼女の代わりとなる存在を見つけたというのなら。
「‥‥だったら、俺はもう必要ないだろう」
「‥‥」
ナイトメアは憎むべき存在だった。
自分を傷つけ、トラウマを植え付け、死を懇願させた。
しかしそれとは別だ。
ナイトメアがいなければ、今の自分は存在しなかった。
もしかすると、自分も戦死していたかもしれない。
自分が生きていたのは―――ある意味、ナイトメアがいたからかもしれない。
だから。
「‥‥ありがとうナイトメア、そしてすまなかった」
モビウスは、そう言って小さな包みをナイトメアの膝の上に置いた。
「どういうことだ?」
怪訝そうな顔をして、ナイトメアが尋ねる。
モビウスの方から感謝と謝罪をされるとは思っていなかった。
モビウスが少し、笑んで見せる。
「お前のおかげで、生きる意味を見つけたのかもしれない。それに対しては感謝するし、結果としてその体にしてしまったことは謝る」
「‥‥インフィニティ、」
「今の俺はモビウスだ―――といっても、もう退役した身だからTACネームなんて関係ないがな」
くるり、とナイトメアに背を向け、モビウスは歩き出した。
「おいインフィニティ‥‥モビウス、」
歩き出したモビウスを、ナイトメアが止める。
「膝の上のこれは何だ。俺はもう体が動かないから自分で開けられないんだ」
「看護師にでも開けてもらえ」
「中身位教えろよ」
そう言ったナイトメアは、その直後、自分の言葉を恨むことになった。
「TENGAだ」
「‥‥!ちょ、おま‥‥!!!!」
病室にナイトメアの絶叫が響き渡る。
「なんでTENGAなんだよ、やっぱり根に持ってるだろ!」
「誰も根に持ってないなど言ってないぞ」
なんという仕打ち。
さらに、ナイトメアはとんでもない事実をモビウスに突きつけた。
「頚椎損傷の影響で自力での排泄もままならないどころか勃つこともねーよ!こんなの必要なねーよ!!!!」
「‥‥それが、お前に対する罰だよ」
モビウスがドアノブに手をかけ、ドアを開ける。
「‥‥もう2年か‥‥早かったな」
「‥‥2年間、俺を恨み続けたか」
「‥‥さあな」
モビウスの姿がドアの向こうに消える。
「‥‥モビウス、」
ドアが閉まってから、ナイトメアが呟いた。
「‥‥俺は、お前に惹かれていたんだ」
ナイトメアはあらゆる性別関係なく、惹かれた相手を愛することができた。
ただ、それが一方的すぎただけだ。
だから多くの人間に恨まれたし前の前席はそれが原因で自らの手で自分をドロップアウトさせた。
それを考えたら、モビウスは自分の手で自分の運命を掴み取った、と言えるだろう。
今が幸せだというのなら、それを見守るべきだ。
「‥‥モビウス‥‥」
再び、ナイトメアがモビウスを呼ぶ。
だがその声はモビウスには届かない。
モビウスは、自分の手の届かないところに行ってしまった。
それでよかったのだ。
幸せだというのなら、それでいい。
「だが‥‥殺してくれればよかったのにな」
モビウスは生きて、罪を背負えと言いたかったのだろう。
これからどれくらい生きるか分からない。
その人生を、罪と共に生きていく。
いつか、自分を罰する存在が現れるまで。
―――Fin.
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忘れ去られていたナイトメア再登場。
このエピソード無くして「閉ざされた絶望」は完結しないでしょう。
多分、モビウス1はナイトメアを殺したかったんだと思うんです。
だけど、「自分が手を下す価値がない」と自分を抑えたんだと思うんですオレはね。
それに、手を下して捕まったらNATに迷惑がかかる。
そう言った思いが色々重なったわけです。
なにはともあれ一応最終回を迎えたわけですが(一部カットシーンあったがな)次は何をUPするか・・・
結構UP待機あるんですよねー