確かこっちの方が先に終わってた気がするんだけどな・・・
NATのえすこん世界への顕現の話です。
そこに、あの人が絡んでくるのです。
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2014/07/27 UP
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再び、貴方と共に
視覚化された情報の光線が肩を貫く。
「‥‥く‥‥」
貫かれた肩からは血ではなくデータが解け、こぼれていく。
「‥‥こんなこと、無意味だ」
そう言いながらデータの流出を止血するかのごとく止め、説得する。
「俺たちNATシリーズは電脳空間に存在しちゃいけないんだ!だから、俺は全てのシリーズを滅ぼし、オリジナルも滅ぼし、そして俺も消える!」
目の前の存在は、自分と同じ姿をしていた。
強いて言うなら若干自分より若い少女体だった、ということだ。
「シリアルナンバーを与えられなかった失敗作だからマスターに復讐したいだけじゃないのか?問題を、はき違えている」
そもそも、この戦闘が始まったのは向こう側―――「失敗作」と呼ばれたNATが問答無用で攻撃してきたからだった。
こちらは全く戦う意思がなかった、ただ好き勝手に電脳空間を漂っていたかった、それなのに向こうは攻撃してきた。
「NATシリーズは全て消えるべきだ」、そう言って。
「‥‥あんたさ、オレたちNATシリーズがどれだけ存在するか分かってんの?消したところで、オリジナルを、マスターを消さない限り無限に湧いてくる。それは理解してるんじゃないの?」
―――ただ単に、マスターに自分はどのシリアルナンバーズよりも強いと力を誇示したいだけじゃないのか?
自分はとんだとばっちりだ。
情報を刃に変え、相手の攻撃を受け止める。
「俺は―――何故電脳空間に‥‥」
何のために、生まれてきた―――?
大量の情報が、二人の周りで渦を巻く。
「マスターの暇つぶしでなら、俺はマスターをも消さなきゃいけないんだ!」
《双方、刃を収めろ》
渦を巻いた情報が爆発する寸前、「声」が響いた。
『その声は、マスター!?』
二人の声が重なる。
《お前たちに、生まれてきた意味を与える》
「どういうこと―――」
突然、二人の間の空間にひびが入った。
ひびは地割れのように広がり、とてつもない吸引力で二人を引き込む。
「な―――」
割れ目の中は闇、そして光。
墜ちているのか飛んでいるのか、感覚がなくなる。
《お前たちに、本当の物語を紡ぎ出させてやる》
途中まで一緒だった二人が、いつの間にか引き離される。
何か声が聞こえ、向こうは何か答えたようだったが聞こえない。
だが、その代わりのようにこちらにも声が聞こえた。
《メビウス1を英雄にしろ。タイムリミットは1年。1年で、物語を完結させろ》
「何を―――」
そう声を上げた時、蜘蛛の巣のようにしなやかで柔らかい膜のようなものに包まれる。
膜が全身の情報を書き換えていく。
全身を流れる情報は血に、肉に、骨になっていく。
「‥‥実体化‥‥!?まさか―――」
現実世界に?
いや、それは不可能なはずだ。
自分は「自我を持っている」とはいえ、ただのAI。
魂という概念が存在しない自分が、現実世界に顕現できたとしても生命活動を行うことなど―――
卵のように自分を包んだ膜に、ひびが入る。
それはまるで雛が羽化するかのようにひび割れていく。
だめだ、これ以上進めば自分は消滅する。
電脳空間からあらゆる現実世界の情報を吸収することで魂の存在は知っていた。
魂が、あらゆる生命を現実世界につなぎとめるのだと。
だから、魂のない自分が現実世界に顕現すれば―――
―――消えるな。
不意に、声が聞こえた。
それは先ほど聞こえたマスターの物とは違った。
ハスキーで、中性的な声。
―――私の魂を、貴方に。
「‥‥どういうこと?あんたは―――」
目の前で、一つの影が人間の形となる。
影が手を伸ばし、差し伸べてくる。
―――私では無理だった。だから、お願い。
―――モビウスを、支えてくれ。
その言葉に一瞬、躊躇う。
目の前の影が言うモビウスとは恐らくマスターが言うところのメビウス1だろう。
彼を知る存在が、目の前にいる。
それも、恐らく戦死した魂。
その魂が、自らの転生を犠牲にして自分を顕現させようとしている。
だから躊躇ったのだ。
転生を犠牲にするということは遥かな未来、大切に想った存在と再会することができなくなることを意味する。
再び、共に歩むことができなくなる。
自分がこの魂を憑代にすれば、魂の情報は書き換えられてしまう。
魂の情報が自分に最適化され、電脳空間にいた時と同じ姿、人格で現実世界に出現する。
この魂が元々持っていた人格や記憶は全て初期化され、消えてしまうのだ。
それを理解して、名乗り出ているのか。
「‥‥本当に、いいの‥‥?」
思わず、確認する。
その問いに、影は小さく頷いたように見えた。
―――私という存在は消えても、貴方の中で生き続ける。モビウスと、共に飛べる。
「‥‥そっか‥‥」
分かった、と自分も手を伸ばす。
影と自分の手が触れ、そして溶け合う。
直後、殻が砕けた。
まばゆい光の中を疾走し―――
光が突然像を紡ぎ出した。
「‥‥」
光の中から突然放り出され、何度か瞬きする。
開き切っていた瞳孔が収縮し、周りの情景を映す。
「―――聞いているのか?」
目の前には軍服を着た男。
何かをこちらに差し出して、何かを言っている。
「NAT、お前はスタグナントスラブ所属のメビウス隊に行ってもらう。メビウス隊は一人を残して全滅したらしいが、その一人の後席に付け」
「‥‥諒解しました」
差し出された何か―――辞令とパッチを受け取り、NATが敬礼を返す。
部屋を出て、改めて確認するとNATもブルーのパイロットスーツ姿で、この世界が均衡を保つために様々な改ざんを行ったことを実感する。
「‥‥エーヴィヒカイト、」
これで、よかったの?と彼女は呟いた。
触れ合った瞬間、憑代となった魂―――エーヴィヒカイトの思いと想いは全て受け取った。
彼女はモビウスを想っていた。死亡フラグ同然のプロポーズも行った。
しかしNATはモビウスのことをまだ知らない。知らないから、特別な感情もわかない。
ただ、エーヴィヒカイトの、「モビウスを死なせたくない」という思いは同じだと思った。
自分の使命は「モビウスを大陸戦争の英雄にする」こと。
タイムリミットが設定されているから、恐らくその使命を全うすれば死ぬことになるだろう。
そもそも別の次元の存在なのだ、世界が拒絶反応を起こす。
それでも、構わないと思った。
自分の存在は、イレギュラーすぎる。
そもそも電脳空間にいたころだって好き勝手やっていたのだ。それはこの世界でも変わらない。
そう思い、NATはスタグナントスラブの乗員となった。
「‥‥ねえモビウス1、」
不意に、NATがモビウス1に声をかけた。
「なんだ?」
そっと手を伸ばし、彼女の髪に触れてモビウス1が訊き返す。
気だるさの中、NATはふと思った疑問を口にした。
「‥‥エーヴィヒカイトってどんな人だった?」
「な‥‥」
モビウス1が絶句する。
まさか、NATの口から彼女の名前が出るとは思っていなかった。
そもそもエーヴィヒカイトはNATがこの世界に出現するとほぼ同時期に戦死している。
知っているはずがない、と思っていたが。
少し考え、モビウス1は懐かしそうに呟いた。
「あいつは強かった。恐れを克服し、身を挺して俺を助けてくれた。あいつがいなかったら、俺は大陸戦争を生き抜けなかったはずだ」
NATと出会う前に、死んでいたはずだ。
そっか、とNATが呟いた。
「エーヴィヒカイトとはどんな関係だったの?」
「‥‥難しいな。配属タイミングを考えれば先輩、だが」
「恋人じゃ、なかったの?」
核心を突くような質問に、モビウス1が少し黙る。
数秒の沈黙の後、ぽつり、と答えた。
「エーヴィヒカイトは大陸戦争が終わったら結婚しよう、と言ってきた。俺のことを想っていた、ってことだよな」
「‥‥キスしたの?」
ああ、とモビウス1が頷く。
「なのに、抱いてないの?」
メガリス攻落前夜、1年の時間をかけてようやく繋がった時にモビウス1は「初めてだから」と言っていた。
だから性交渉はなかったという事実は知っていた。
そっか、とNATが呟き、モビウス1の胸に顔を埋める。
「‥‥オレが、エーヴィヒカイトの未来を奪ったようなものだよ」
「どういうことだ」
思わず、そう尋ねる。
NATがこの世界に出現したから、エーヴィヒカイトは死ぬ運命にあったのだ、という解釈もできた。
だからといってNATを恨む気も、責める気もない。
そもそもモビウス1はエーヴィヒカイトに対して特別な感情を持っていたわけではない。
とは言えども、彼女の戦死に関してはとても辛く、NATと出会っても半年以上心を開くことなく接していた。
ただ、NATに思いを寄せた自分に気付いたとき、少し懐かしさを覚えていたが。
「‥‥マスターが賽を振りさえしなければ、エーヴィヒカイトは生きていたかもしれない。モビウス1と結婚だってできたかもしれない。オレさえいなければ―――」
「NAT、」
NATを抱き寄せ、モビウス1が優しく諭す。
「俺は、お前を選択した。世界よりも、お前を」
「でも‥‥」
「らしくないぞ」
いつものNATなら、もっと強気だったはずだ。
それなのにここまで弱気になっているとは。
そこまで思ってから、モビウス1ははっとしたように彼女を見た。
「お前、まさか―――」
「違うよ。マスターはもうオレを制御できないし、オレという存在はもうこの世界に定着している。消えたりしないよ」
それに、お腹にはオレとモビウス1の愛の結晶がいるし、と続けるとモビウス1は少しほっとしたように息をついた。
「脅かせるな」
「‥‥ごめん、」
謝ってから、NATは恐る恐る尋ねた。
「もし、女の子だったらエーヴィヒカイトにする?」
「‥‥」
沈黙。
その名前にしたい、という思いと彼女の思い出は振り切るべきだ、という思いが葛藤する。
長い長い沈黙の後、モビウス1は答えた。
「‥‥いや、その名前にはしない」
そう言ってから、再びNATの髪を撫でる。
「‥‥エーヴィヒカイト、」
「え?」
突然の呼びかけに、NATが驚いたような声を上げた。
「NATに全てを託したんだな」
「モビウス‥‥」
気付いていたのか。
彼女が、NATに自らの魂を託したことに。
そんなことがあるはずがない。
魂とは科学的には解明されていない。
一般的にはあると言われているだけだ。
魂の転生など、宗教の問題である。
それなのにモビウス1は今確かにNATをエーヴィヒカイトと呼んだ。
呼び間違えるわけがない。分かっていて、呼んだのだ。
「死んでも、ずっと見守ってくれていたんだな。いや―――」
大陸戦争の空を、共に飛び続けてくれていたのだ。
「ありがとう。NAT」
「モビウス1‥‥」
そう呟いてから、NATは微笑んだ。
「オレ、エーヴィヒカイトの分も生きる」
それが、彼女の願いだろうから。
彼女の願いを背負い、生きていく。
―――再び、貴方と共に歩いていける。
エーヴィヒカイトの声が、聴こえた気がした。
―――Fin.
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朝チュンオチとはどういうことだ。
・・・いや、これは不可抗力であってだな・・・つうか、事後のつもりで書いた訳じゃないんだよ?
でもどこからどう読んでも事後でしたありがとう(ry
つーかNAT、おまー安定期なんだろうなというツッコミを(相方より)頂きまして、そりゃあもうもちろん安定期ですとも。
いやそうじゃなくて。
カイトさんの魂が、初期化されてNATの魂になったわけです。
んなもんでカイトさんの遺志はNATに伝わってる・・・という話が書きたかったんです。
でもこれ、カイトさんが望んだことなんだとね。
「もう一度、モビウスとやり直したい」という。
次回はまたNATとカイトさんの話になるかな。
と思っています。